『飛ばし 日本企業と外資系金融の共謀』
2013年2月号 連載 [BOOK Review]
「デリバティブで飛ばし クレディ・スイスグループ 含み損隠蔽し簿外に」
1999年3月24日に報じられたこのスクープをご記憶の方も多いだろう。これを抜いたのが、当時共同通信社のエース記者で、本書の著者である田中周紀氏だ。
金融監督庁(現金融庁)の抜き打ち検査を受けて来日したクレディ・スイス(CS)グループのライナー・グート名誉会長(当時)は「日本にはウインドウ・ドレッシング(粉飾決算)の素地があり、われわれは日本企業をお手伝いしたまでのこと。われわれがやっている取引は灰色かもしれないが、法律に照らして決してクロではない」とコメントした。日本には、含み損が生じた有価証券を「飛ばし」たい経営者がおり、それを金融工学の技術を使って助けたに過ぎないというわけだ。
ただ、90年代後半に世間を騒がせた「飛ばし」事件は、会計基準の変更(時価会計基準の導入など)を受け、もはや遠い昔の物語となったかに見えた。
当時、第一線の記者として経済事件を追い続けていた田中氏もこう書く。「ライバル紙と『抜いた、抜かれた』の日々を送った身としては懐かしい思い出になり、それを詳らかにする機会はなくなった」。ところが、そんな著者の感傷を吹き飛ばす一大「飛ばし」事件が起こる。本誌読者にはお馴染み、光学機器メーカー「オリンパス」の巨額粉飾事件だ。「のれん代」の償却によって簿外損失を穴埋めするという目新しい手法を用いたこの事件は、日本企業による「飛ばし」が現在進行形のものであることを印象づけた。12年12月20日には、この粉飾に関わったとされるシンガポール在住の台湾人チャン・ミン・フォンがFBIに逮捕されており、事件の全貌解明にはまだ時間がかかりそうだ。
本書は、「飛ばし」の原点とも言える、89年末に表面化した三協エンジニアリング事件から、読売新聞のスクープに端を発した損失補塡、山一証券の自主廃業へと至る粉飾決算、デリバティブ(金融派生商品)という言葉が人口に膾炙するきっかけとなったヤクルト本社巨額損失事件、冒頭で触れたCSグループによる「含み損飛ばしスキーム」、オリンパス粉飾決算事件までを、経済事件で数々のスクープをものにしてきた著者の豊富な金融知識と、取材当事者ならではの臨場感によって、わかりやすく解説するものだ(複雑な「飛ばし」のスキームに関しては、必ず丁寧なチャートが付いている)。同時に、金融犯罪事件簿、「日本の失われた30年史」としても出色の読み物に仕上がっている。オリンパスによって「飛ばし」の亡霊が蘇り、「第2、第3のオリンパスが出るのではないか」と囁かれる今、必読の一冊だ。