「これからの医療のあり方」示す必読書
2022年11月号
連載 [BOOK Review]
by 藤井健志(代々木ゼミナール講師)
「医療は一般論ではない。きわめて個別具体的な社会的な営みである」という考え方から出発する本書は、予備校講師である私に馴染みやすい1冊だった。
予備校講師は「大学受験の専門家」とされるが、「大学受験、入試制度がいかにあるべきか」を論じる者ではなく、受験生、主に浪人生の手助けをする仕事だからだ。少子化著しく、マスプロ型「教育」が姿を消しつつある現場では、受験生1人1人に伴走する色合いが強い。いかに長年蓄積された全国模試データがあっても、例えば「合格可能性80%」という数字は、100%合格した受験生80%と100%不合格の受験生が20%現れるということを示唆しているに過ぎず、個々への指導はどこまでいっても難しい。
「きっと医療の現場でも我々と同じような、個々具体的決断や葛藤、成功や失敗が繰り返されているのだろう」と思う一方で、「そんな理念を掲げた書籍の内容として感染症の話題はそぐわないのでは?」という疑問も抱きつつ最初のSTAGEを読み始めたが、ともすれば抽象的になりがちな新型コロナウイルス・パンデミックの2022年6月に至るまでの経緯がファクトベースで非常に具体的に語られるところから始まる。
STAGE1~3では医療の主役が患者であるという基本に立ち、それをサポートするべき病院とはどんな場所であり、医療とはどんな仕事であり、そして医師・医療従事者達現場のプレーヤーがどんな存在であるかが、その課題や問題点も含めて語られる。これも非常に具体的だ。
受験生にとっては、できれば本格的に医学部・医療系学部受験を決意する前に読んでおいて欲しい内容だが、現実的には志望理由書等を作成する過程で受験生と指導者から必要とされることになるであろう。
志望理由、志望動機等をまとめていく上で私が受験生にさらにお薦めするのはSTAGE4~5である。各医学部、医科大学の入試制度と併せて、各校の歴史や特色がコンパクトにまとめられている。「なぜ医師なのか」の問いにすらすらと答えられる受験生も「なぜうちの学校なのか」と問われた途端に困ってしまうケースは多い。
そしてSTAGE6~7で語られるこれまでの日本の医学教育のあり方、これからの日本の医療のあり方は本書監修者の信念を最もよく表していると私には読み取れた。権力、権威の力で上から「やってくる」教育制度や医療制度は、それに対して必要な「応戦」を現場がしてこそ活きてきたし、これからもそれが求められる。医療が社会的な営みであるためには、社会を作る強い個人が必要なのだ。