『犬が殺される』

実態不明「動物実験」を追う労作

2019年5月号 連載 [BOOK Review]
by 粥川準二(社会学者)

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犬が殺される

犬が殺される

著者/森映子
出版社/同時代社(本体1600円+税)


「約六年をかけた取材で分かったことは、実験動物の使用数、実験施設の数など基本的な事柄すら把握されていないということだった。(略)実態がつかめない大きな原因は届け出制すらなく、国が責任を取ろうとしないことではないか」

本書は、時事通信社の記者である著者が、犬をはじめとする動物実験の実態を丹念に取材したルポである。その取材はきわめて広く、深く、粘り強い。何度も取材拒否されながらも、あきらめずに「動物実験の闇」を探り続けた成果が本書だ。そしてその過程で明らかになった、日本における動物実験の現実を要約したのが冒頭の一文であり、著者はこう結論する。「動物愛護法の実験動物の扱いはせめて届け出制、あるいは登録制を導入するべきである」

本書では、実験動物へのケア、痛みの軽減対策、代替法など、動物実験をめぐる興味深い話題がいくつも提示される。しかし白眉は何といっても第一章だ。著者は、日本各地の獣医大学で、犬などを使った動物実験が具体的にどう行われているか、その実態を追う。獣医師を養成する学部がある大学16校(当時)に、犬を対象とする「侵襲的な実習」について質問状を送り、取材を試みたところ、1校(だけ)が臨床実習の取材を、2校(だけ)が実験動物施設の見学を認め、3校(だけ)は施設の見学こそ認めなかったが、対面での取材に応じた。約3分の1の大学は、取材や見学に対して「消極的」であったとのことだ。

動物実験は、犬や猫といった、なじみ深い動物と深くかかわるにもかかわらず、その実態はあまり知られていないのだ。本書を読めば、「動物実験の闇を探る」というその副題が決して誇張ではないことがすぐにわかる。そんな動物実験の全体像を描こうとして、正面から「闇」に挑んだ著者には頭が下がる。同じように動物実験を追ったルポ作品としては、デボラ・ブラム『なぜサルを殺すのか』(白楊社)が思い出される(評者は原書を読んで衝撃を受けた)。本書はそれに匹敵する労作であろう。

本書は評者の関心分野にも取り組んでいる。iPS細胞を使って、人間に移植できる臓器を持つ豚など、「ヒト動物キメラ」をつくる研究だ。この章もたいへん興味深いが、やや物足りない。現在、移植用臓器は脳死者など人間から摘出されている。最終的には臓器を人間から摘出するか、それとも動物から摘出するか、という選択が突きつけられるだろう。著者は動物実験を完全には否定していないが、現状に問題があると考えている。評者も賛成するが、動物への配慮と人間への配慮が相反する場面もしばしばあることを、もっとはっきり描いてほしかった。

著者プロフィール

粥川準二

社会学者

   

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