製薬会社が儲かる薬は「治らない薬」
2019年6月号
連載 [BOOK Review]
by 藤井健志(代々木ゼミナール講師)
〈「儲かる薬」というのは病気をただちに治してしまうような特効薬ではありません〉
本書第1章でこの一節を読んで衝撃を受けるとともに、若い頃に読んだ柳宗悦先生のエッセイ「漢薬の能書」の一節を思い出した。〈先日池田三四郎君が来て、「延命我神散」という薬をくれた(中略)その効能書きの中に(中略)「本薬は化学薬品のような対症薬ではありません。従って人により、効くとか効かぬとかいうことはありません」。多量服用、長期連服しても副作用なし、習慣性起こらず、胃を自然状態に戻す薬。こんな事が記してある〉
「延命我神散」は、ひょっとしたら現在の市販薬「恵命我神散」につながるものかもしれないが、今はもう存在しないようだ。ともあれ、漢方薬は対症薬と違ってより自然なものであって、その分即効性はないという趣旨で「効くとか効かぬとかいうことはありません」という効能書きに着目しているのであった。この時「漢方薬は即効性はないが副作用の心配をせずにある程度飲み続けるもの。西洋薬は副作用の心配はあるが即効性があり、治ったらもう飲まないもの」という印象をより強くしたように思う。
だからである。第1章でいきなり、大手製薬会社の経営を支えている現代の「儲かる薬」が「完治までは至らず、病状を保つために長期間使い続ける薬」であると言われて衝撃を受けたのだ。それは効くか効かぬかで言えばたしかに効く薬だが、治るか治らないかで言えば「治らない薬」だと言ってもよいだろう。しかし、言われてみればその通りで、私自身もここ数年は生活習慣を見直すことをせぬまま高血圧の薬を飲み続けていた。
そして、第2章に入るとまさにその高血圧の薬を例として製薬会社と医師の過剰な金銭的癒着や捏造事件が「利益相反」というキーワードの下で語られ、一方、第3章では我々薬を飲む側が見落としがちな「そもそも薬とは何か、病気とは何か」という部分が丁寧に語られる。
ここまで読めば大抵の読者は、医師の診断や処方を盲目的に信じるのではなく、自分の心身の健康を守ることについて主体的でありたいと思い始めるはずだ。そこで第4、5章である。患者が「専門医」の肩書やブランド病院の名前にごまかされず、データを利用して医者を選ぶ時代の到来について具体的事例と共に語られる。中でも著者が属する医療ガバナンス研究所とワセダクロニクルが共同作成した日本初のマネーデータベース「製薬会社と医師」は個人を支えるために社会全体で育てていくべき公共財のモデルとして非常に興味深く、私自身も読んだ直後から実際に活用している。