JR東日本「最大の暗部」に挑む
2019年7月号
連載 [BOOK Review]
by 樫原弘志(経済ジャーナリスト)
JR東日本労組の会長、松崎明は新左翼の革マル派幹部だった。国鉄の分割・民営化という激震をどのように潜り抜け、JRを陰で操る妖怪になったのか。その生い立ちから晩年の組合資金横領疑惑まで余すことなく描いた労作である。
著者は日本経済新聞社会部出身のジャーナリスト。日経副社長、テレビ大阪会長を務めた後、著作活動に入った。国鉄の分割・民営化を再検証した『昭和解体』(17年、講談社)では当時の首相、中曽根康弘氏が保管資料すべてを提供し、同氏ら大勢の関係者がインタビューに応じた。どの作品も徹底した資料分析と関係者への取材をもとに大胆かつ正確に描かれている。
本書の主人公・松崎明が旧国鉄時代に率いた動労はかつて国労と一体になってスト権奪還闘争を繰り広げた。しかし、分割・民営化では当局に協力。総評から離脱し、社会党支持も撤回、国労切り崩しに貢献した。
松崎の変心の狙いは何だったのか。本書はその謎に迫る。
松崎が動労青年部の頃から革マル派総帥の黒田寛一に心酔し、セクトネーム「倉川篤」で活動していたことは広く知られる。
しかし、動労委員長として国鉄分割・民営化に関わるころには、革マル派離脱をにおわせる発言も繰り返していた。
著者はJR東日本で松崎と組んだ元社長の松田昌士に取材するなど新しい証言も集めて、核心に迫る。松田の証言によれば、国鉄がJRに変わったあとも松崎は「自分は今でも革マル派である」と告白したという。松田はそれでも「信頼して同じ船に乗り込める男だと判断した」として、松崎との協調路線を歩んだのだから驚くほかない。
黒田寛一の革命戦略、組織論の基本は、敵の組織に「潜り込み」、内部の意見の違いを「乗り越え」て変革し、内部から「食い破る」ことにあるという。松崎はその忠実な実践者として、JRを思いのまま支配しようとしたのではないか。
解雇された労組役員をJR東日本の関連会社役員で再雇用、革マル派との関係を暴く雑誌への言論封殺まがいの販売ボイコット。革マル派浸透に反発する労組、経営幹部に対する嫌がらせ。松崎によるハワイの別荘購入などへの組合資金の流用疑惑にも警察の捜査の手が伸びた。
利権のかたまりのようであった旧国鉄の体質がかくも長く労使関係を歪めていたことにあきれるほかない。そして、いまなお松崎の亡霊はJRグループを揺さぶり続けているのかもしれない。例えば、謎めいた事件、事故が多発して経営危機にあるJR北海道。時代が平成から令和へと変わったいまもJRグループの経営は一筋縄ではいかないようだ。(敬称略)